
朝陽
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朝陽(あさひ)は長野市北東部の地域。本項ではかつて概ね同地域に所在した上水内郡朝陽村(あさひむら)についても述べる。「朝陽」の地名の由来は、この地域が東に傾斜していて、朝日に面する地勢であり、朝日が昇るように村を発展させたいとの願いをこめ、「日」の字に瑞兆(めでたい前触れ)のある「陽」の字をあてて「朝陽」と命名したことにある。……
江戸時代 – 前身の水内郡北長池村・北尾張部村・南堀村・北堀村・石渡村は松代藩領であった。
1711年(宝永8年) – 大豆島村の新田として土屋坊区(現 南屋島)が拓かれる。のち、高井郡綿内村の一部となる。
1876年(明治9年)5月30日 – 水内郡南堀村・北堀村・石渡村が合併して水内郡福田村となる。
1879年(明治12年)1月4日 – 郡区町村編制法の施行により、各村が上水内郡の所属となる。
1881年(明治14年)3月31日 – 福田村が分割して南堀村・北堀村・石渡村となる。
1886年(明治19年)12月14日 – 上水内郡北長池村の一部、上高井郡綿内村の一部(土屋坊区)、同郡福島村の一部(福島新田区)が分立して上水内郡屋島村となる。
1889年(明治22年)
4月1日 – 町村制の施行により、上水内郡北長池村・屋島村・北尾張部村・南堀村・北堀村・石渡村の区域をもって上水内郡朝陽村が発足。
各村の学校を併せ、北長池に朝陽尋常小学校(現 長野市立朝陽小学校)が開校。
1926年(大正15年)6月28日 – 長野電気鉄道(現 長野電鉄長野線)が開通。……..
朝陽(あさひ)は長野市北東部の地域。本項ではかつて概ね同地域に所在した上水内郡朝陽村(あさひむら)についても述べる。「朝陽」の地名の由来は、この地域が東に傾斜していて、朝日に面する地勢であり、朝日が昇るように村を発展させたいとの願いをこめ、「日」の字に瑞兆(めでたい前触れ)のある「陽」の字をあてて「朝陽」と命名したことにある。……
江戸時代 – 前身の水内郡北長池村・北尾張部村・南堀村・北堀村・石渡村は松代藩領であった。
1711年(宝永8年) – 大豆島村の新田として土屋坊区(現 南屋島)が拓かれる。のち、高井郡綿内村の一部となる。
1876年(明治9年)5月30日 – 水内郡南堀村・北堀村・石渡村が合併して水内郡福田村となる。
1879年(明治12年)1月4日 – 郡区町村編制法の施行により、各村が上水内郡の所属となる。
1881年(明治14年)3月31日 – 福田村が分割して南堀村・北堀村・石渡村となる。
1886年(明治19年)12月14日 – 上水内郡北長池村の一部、上高井郡綿内村の一部(土屋坊区)、同郡福島村の一部(福島新田区)が分立して上水内郡屋島村となる。
1889年(明治22年)
4月1日 – 町村制の施行により、上水内郡北長池村・屋島村・北尾張部村・南堀村・北堀村・石渡村の区域をもって上水内郡朝陽村が発足。
各村の学校を併せ、北長池に朝陽尋常小学校(現 長野市立朝陽小学校)が開校。
1926年(大正15年)6月28日 – 長野電気鉄道(現 長野電鉄長野線)が開通。……..

